2023年4月15日に放送の「マツコ会議」に小野龍光さんが出演され、話題となっています。
年商100億円と言われる17LiveのCEOの座を手にしながら、全財産を捨ててインドで出家をされた小野龍光さん。
どうしてそのような選択に至ったのかその背景や、妻の存在も気になるところです。
そこで今回の記事では、『小野龍光のwikiプロフ経歴まとめ!東大卒CEOからインドで出家し妻と別居婚?』と題して、以下のポイントでご紹介したいと思います。
- 小野龍光さんのwikiプロフ
- 小野龍光さんの経歴
- 小野龍光さんの妻や子ども
それでは早速見ていきましょう!
小野龍光さんのwikiプロフ
小野龍光さんのwikiプロフを以下にご紹介します。
・名前:小野龍光(おのりゅうこう)※出家後
・本名:小野 裕史(おの ひろふみ)※出家前
・生年月日:1974年9月29日
・年齢:48歳(2023年4月現在)
・出身地:北海道札幌市
・出身高校:札幌南高校
・出身大学:東京大学理学部
・出身大学院:東京大学院理学系研究科生物科学専攻
小野龍光さんは北海道札幌市で生まれ、裕福ではない家庭で育ったそうです。
物心ついた時には、母が雪の中でお弁当売りをしていたのを覚えています。そうした両親の苦労を見ていたので、無駄使いをしてはいけないと、小学1年生の時の学校のノートは、1学期で1ページしか使っていないんです。
文春オンライン
小学校中学年までは話すのが苦手で、成績も振るわなかったようです。
その後、自分が憧れるにぎやかな人のそばで、その人のふるまいや話し方の真似をしているうちに普通に話せるようになったとも語っておられます。
小野龍光さんの高校時代
小野龍光さんは、札幌の進学校である札幌南高校に進学されます。
札幌南高校は偏差値71とも言われていて、北海道の偏差値ランキング1位に輝いています。
小学校時代の成績が振るわなかったというエピソードから、道内1の進学校に進まれるとは、とても努力をされたのでしょうね。
こちらの高校は任天堂社長の岩田聡さんや、アナウンサーの佐藤彩さん、プロゴルファーの大山健さんなど、多くの有名人も輩出しています。
高校時代に宇宙に興味があり、なぜ宇宙があるのか、それは何かを学びたいと思い進路を考えられたそうです。
小野龍光さんの大学時代
小野龍光さんは札幌南高校を卒業後、一浪して宇宙物理のある東京大学理学部に入学されました。
こちらはもう説明不要の国内最高学府ですね。
東京大学理学部の偏差値は67.5だと言われています。
当初の目標であった宇宙についての学びを深めていくうちに、「宇宙は大きすぎて手が届かず、触れられないものだ」と学び続けることに違和感を覚え、教養課程が終わった後、3年生から生物を専攻することにしたそうです。
その後生物学者を目指して大学院まで進みますが、大学院在学中に配信が始まったドコモのiモードに感銘を受け、独学でプログラミングを学び、居酒屋の住所と電話番号を載せておく「居酒屋ネット」という掲示板を初めて作ったそうです。
そこから生物学そっちのけでITの世界にハマったそうで、東京大学大学院の研究室から異例の『日本IBM』に就職することになったとのことです。
大学に入学してからも多くの方向転換を経ながらも、ご自身でどんどん道を切り開いて進んでいかれる姿がとても眩しいですね。
小野龍光さんの経歴
小野龍光さんの経歴を以下にご紹介します。
2000年4月(当時25歳) | 『日本IBM』就職 |
2000年9月(当時25歳) | 『株式会社CAMOBILE』(サイバーエージェントグループ)転職 |
2008年(当時33歳) | ベンチャー企業『インフィニティ・ベンチャーズLLP』設立 |
2017年(当時42歳) | 『17LIVE株式会社』代表取締役就任 |
2020年(当時46歳) | 『17LIVE inc.』グローバルCEO就任 |
2022年8月31日(当時47歳) | 『17LIVE inc.』グローバルCEO退任 |
2022年10月(当時48歳) | インドで出家 |
『日本IBM』に入社後も、帰宅後は家でiモードのサイトを作って過ごしていたそうです。
この没頭している作業を何とか収益化したいという思いで、サイバーエージェントの方との出会いがきっかけで、サイバーエージェントグループの『株式会社CAMOBILE(シーエーモバイル)』に入社されました。
そこで、当時『オン・ザ・エッヂ』という別会社におられた堀江貴文さんらと共同で、インターネットの広告収益ビジネスを日本で開拓されたそうです。
2008年からはベンチャー企業を設立して独立、ジモティー、グルーポンなど誰もが知る事業の立ち上げにも関わってこられました。
2017年から代表取締役を務めた『17LIVE』は日本最大級のライブ配信アプリ「17LIVE(イチナナ)」の運営やライブコマースサービス「HandsUP (ハンズアップ)」を提供しており、世界6地域に拠点を置く会社です。
ライバーという文化を牽引している会社で、大きなインパクトを残しています。
IT業界で華々しい成果を収めていた小野龍光さんでしたが、資本主義社会の中で活動し続けることに違和感を覚え、そんな中で出会った、日本人でありながらインド仏教の最高指導者となった佐々井秀嶺さんの本に感銘を受け、佐々井秀嶺さんに会いにインドへ向かいます。
そして、インドで出家に至ります。
小野龍光さんの妻や子ども
小野龍光さんの妻
小野龍光さんは、2004年(当時29歳)にご結婚され、小野祐美さんという奥様がおられます。
小野祐美さんも、2000年~2005年まで小野龍光さんと同じ『株式会社CAMOBILE』(サイバーエージェントグループ)に勤務しておられました。
職場恋愛の末のご結婚なのですね。
小野祐美さんは、現在『株式会社Crossing』の代表取締役を務めておられます。
株式会社Crossingとは?
ITとローカルを食を通して便利にしていくことを企業理念とし、食イベントの開催や商品・メニュー開発、イーコマースや広告等のコンサルタント業務を行う会社です。
2014年 表参道に『CrossKitchen』をオープン
2016年 会員制BARスペース『西麻布CROSS』をオープン
CrossKichenのサイト(https://www.crosskitchen.jp/about/)では、小野龍光さんの出家前のお名前である小野裕史さんが代表者を務めていた株式会社678と、小野祐美さんが代表者を務める株式会社Crossingが併記されており、ご夫婦で会社の立ち上げをされたようです。
ご夫婦で以前からオーストラリア移住の話をされていたようで、現在小野祐美さんはオーストラリアに住んでおられるようです。
インドへ出家した小野龍光さんは、日本の家は引き払って、小野祐美さんの住むオーストラリアとインド、日本を行ったり来たりする生活の様です。
ちなみに小野龍光さんは「帰国したら坊主になるかも」とインドから奥様である小野祐美さんにLINEを送ったそうです。
小野祐美さんもさすがに冗談だと思っていたら、帰国時には頭を丸めた姿になっており絶句されたようです。
さまざまな話し合いの結果、実業家として稼いだ財産はすべて小野祐美さんに渡し、小野龍光さんは生涯108万円(煩悩の数と同じ)の小遣いで生活をしていくとの結論で落ち着いたとのことです。
何とも思い切った決断をされる小野龍光さんですが、それを最終的には大きく見守る奥様との関係性が素敵ですね。
小野龍光さんの子ども
お子様の情報については見つけることができませんでした。
お子様がおられたら、なかなかインドに出家という思い切った決断は出来なかったかもしれませんね。
何か新しい情報がありましたら、追記いたします。
まとめ
小野祐美さんの経歴
今回の記事では、『小野龍光のwikiプロフ経歴まとめ!東大卒CEOからインドで出家し妻と別居婚?』と題して、小野龍光さんのwikiプロフ、経歴、妻についてお伝えしてきました。
何とも型破りな小野龍光さんがこれからどんなご活躍をされるのか、目が離せませんね。
また気になる情報がありましたら、追記していきたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
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